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東日本大震災の対応について

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3月11日(金)14時46分頃、東日本を襲ったマグニチュード9.0の「東北関東大地震」。大津波が太平洋側海沿いの多くの町をのみ込みました。
同日17時35分に日赤福井DMATが出動後、さらに追加要請に応え、同日20時15分に日赤救護班第1班が出動しました。
今回、被災地に派遣されたスタッフはどんな思いで活動していたのかを、活動を終えたスタッフの声を中心にご報告いたします。

日赤福井DMAT隊
3月11日(金) 17:35
DMAT隊員、看護等の計8名が出動
(宮城県仙台医療センター、小松島小学校 等で活動)
3月14日(月) 正午
帰院
「1秒でも、1分でも早く被災者のもとへ!」と、はやる気持ちを抑えながら車を走らせました。しかし磐越自動車道から福島県に入ると、そこは暗闇の世界。「いったい日本はどうなったんだろう…」と思わずにはいられない光景でした。ようやく現場である仙台医療センターに到着しました。すぐに救護活動に取りかかるも、それはライフラインゼロの寒さと暗闇との戦いの始まりでもありました。
(班長/医師 田邉 毅)
初めてのDMAT参加でした。地震直後で二次災害の恐れがあり、本来のDMATの活動ができなかったのではないかと反省、そして心残りな面もありました。しかし一方で、統括DMATとの連携や交流など、他県の赤十字職員と一緒に活動できたとの充実感が得られました。またライフラインがストップした状況での救護活動だったので、何でも揃っている日頃の生活のありがたさを改めて実感しました。
(看護師 大元真里)
被災者の方々の「この災害をのり越えていこう!」という強い気持ちに、私たちDMATは逆に励まされながらの救護活動でした。体を寄せ合いながら、自分の我を出すことなく助け合っている方々の姿を目の当たりにして、疲れているなんて言っている場合ではない、頑張らなければ!という気持ちが奮い立ちました。
(医療社会事業部 木戸俊介)
救護班 第1班
3月11日(金) 20:15
日赤救護班第1班として計7名が出動
(岩手県 盛岡赤十字病院、その他巡回診療、陸前高田市第一中学校で活動)
3月14日(月) 正午
帰院
災害救護現場での活動は初めてながら、少しでも力になれたのではないかと思っています。今後、過酷な状況が長くなり、体調をくずされる方が増え、救護の必要性もさらに高まる可能性があると思われます。被災地の皆さんの力になれるよう、引き続きサポートしていきたいと思います。
(班長/医師 黒川哲之)
現地の悲惨な状況に、とにかく驚きました。電気の通っていない陸前高田第一中学校の中、被災者の方々は悲しみにくれているというより、今、おかれている状況に毅然とした態度で向き合っていたのが印象的でした。大混乱を想像していた私は、そのような被災者の方々の強さと姿勢に驚くと同時に、尊敬の気持ちがわいてきました。
(坪田泰典)
初動班だったので、情報がなかなか入手できないというもどかしさがありました。それでも日赤ネットワークがあり、秋田赤十字の班長を中心に、同じ目的をもったスタッフと一緒に働けたという一体感を感じ、協働できたのではないかと感じています。
ちなみに現地では状況がわからず、帰ってきてから想像を絶する災害規模の大きさがわかり、さらに驚きました。
被災者の方々は緊張のせいか、落ち着いているように見えました。でもこれから長期間にわたる手厚いケアが必要だとも感じました。
(看護師長 井上恭久子)