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東日本大震災の対応について

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発生から1カ月近くたった4月6日(水)。日赤救護班第8班が出動しました。直接被災地を目にしたスタッフは、虚しさのあまり言葉が出なかったといいます。子どもと年配者だけが残っている日中の救護所では、診察中を見測らないならができるだけ声かけ活動を行いました。

救護班 第8班
4月6日(金) 14:00
福井日赤救護班第8班として10名が出動
(岩手県 陸前高田市第一中学校の救護所、巡回診療にて活動)
4月10日(日)11:00
帰院
被災地に入った時に目の前に広がるがれきの山。窓をあけるとTVでは伝わってこない現状に、「まだこんなに無残なのか!」と、愕然としました。「おぼこい先生。また来てね」とリンゴやふきのとうを手渡してくれた年配の方。いまだ行方不明のお父さんの帽子をかぶって無邪気に笑う子供たち。ご主人が行方不明なのに、笑顔でみんなの世話をしている女性…。人間ってすごいなあと思う一方で、復興への道のりはまだまだ長い…、僕たちはこれからも、できることはしなければいけないと強く思いました。
帰福したら、足羽川の桜が咲き始めていました。なんでもない日常がどれだけ幸せかを痛感させられました。
(班長/医師 藤井秀則)
現地に到着すると報道以上の被害の大きさに驚きました。薬剤師の救護所での仕事は、様々な機関から持ち込まれた薬剤(同一成分薬、企画違い等)を整理しながら事故防止に努めること。「自分に何が出来るか?」そんな自問自答をくり返すばかりで、救護所での活動はあっという間に終わってしまったように感じています。
(薬剤師 笠川益夫)

アメリカに住む方々から、日赤福井県支部に託された被災地へのメッセージフラッグと“Hope for Japan”のTシャツ。被災者の方々の励ましになればと、救護所内の目立つところに掲示しました。
被災者の皆さんは元気なように見えました。しかし、これは表面の元気さなのか…。
救護所には人の温かさがあるけれど、被災した町は廃墟と化し冷たい雰囲気。津波ですべてがなくなってしまった虚しい町を目にした時、「この元気さとは裏腹の計り知れない辛い感情があるに違いない」と思いました。その辛さを吐き出すことが出来ない方には、その辛さは見抜いてあげることすらできません。表面から見てとれる心の声を少しでも聴くように心掛けました。そして、今後もそのような“心の声”を聞く支援が必要だと強く感じました。
(看護師長 田谷美貴代)
10カ所以上の避難所を、秋田班と巡回しました。巡回時に気になったのは、救援物資の搬送状況に格差があることで、さらなる課題を感じました。
陸前高田市は事前に危険予知し、行政と市民が一体となり災害が起きた後の事を念頭に入れた対策を講じていたと聞きます。このような地区は早い復興と再開発が行われ、将来を見据えた安全・安心な都市づくりを実現させていくのではないのでしょうか。
(医療安全推進課 桃田悦男)